[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

紅葉求めて奥多野・奥秩父

 2006年11月10日、天気が良かったので、紅葉狩りにでも行こうと決意。最高気温は20°近くになるはずだが、山に行くという事で長袖Tシャツの上に冬ジャケットを着ていった。9時前に自宅を出たが、冬ジャケットでちょうど良い気温だった。
 ルートはR16〜R254〜R462〜R299で多野郡に向かう。今回のテーマは紅葉狩りと旧道走破。

 旧道がはっきりしているR254では川島町で現在県道になっている道を進み、東松山では市街地を通り、バイパスを通らず武蔵嵐山駅前を通り小川町の峠を越えた。この旧R254ルートは学生時代に帰省するときにR17藤岡市から脇道にそれR254を帰ったときの逆向きのルートとなる。今では道の接続が変更になったり、標識が無いなど、旧道を通るには難しい面もあり、嵐山と東松山では正確に旧道を通れたかどうか定かではないが、それなりの気分は味わえた。

 また、R462〜R299では地図上に一目でそれと分かる旧道がある。川沿いに走る細い道、そして立派なトンネルを迂回する道がそれだ。これも学生時代に未舗装だったぶどう峠を長野から群馬に抜けたとき目にした光景である。ぶどう峠を下り、ちらほら民家が見え始め、たどり着くR299。そこには一軒の万屋。当時は道の駅や上野村の施設もなく、道行くライダーはこの店に集っていたと記憶している。
 現在、ぶどう峠の県道とR299〜R462は拡幅され、二車線の立派な〜そう、そしてつまらない〜道になったが、これは御巣鷹山のダム工事の為の道だ。ちょうど20年ほど前にできたらしく、時期的に日航ジャンボ機墜落事故と重なるが、決して事故処理や追悼の為の道ではない。
 旧道はほとんど1車線しかない。「これが国道です」と言っても都会の人間には信じられないだろう。十石峠の道がそのまま延びている感じだ。その細い道沿いにひなびた商店や宿があったりする。そして旧道を走ると集落〜商店〜役場を一つに結ぶ事ができる。今はほとんどクルマの通りはないが、集落を離れると猿がのんきに歩いている。

 旧道を愛でるという行為は都会に住む者の戯れ言であり、懐古趣味であり、エゴなのかもしれない。しかしこういう道をのんびり走るのは何とも趣がある。
道の駅上州鬼石。 古い学校跡に設けられたようだ。 この学校を卒業した人は何人いるのだろう?
川沿いに走る旧道の眺め。万場町と中里村の境。ゆっくり景色を味わえるのも旧道の醍醐味。 上野村の旧道からの眺め。 今回は寄り道をして上野村にある日航機事故「慰霊の園」に立ち寄った。 観音像がある。
資料館があり、当時の新聞や救助の様子を写したパネル、経文がある。 標高1000m程度の山ではまだ本格的な紅葉にはいたらない。 上野村の観光施設?の裏手。この後新道を戻り、道の駅上野を過ぎ、野栗沢へと向かう。 野栗沢を上ると奥名郷を過ぎ、林道上野大滝線に出る。
標高は1000m程度だろう。 イマイチの紅葉具合。 それでも夏場の萌える緑に比べると秋を感じさせる山肌である。 緑と茶が混じった光景というのも悪くはないかな
かえって趣があるかも。空の青、紅葉の茶、そして緑のトリコロール。 それにしても舗装工事が悲しい。秩父側でも舗装工事が進んでいた。 中津川林道入口の彩の国ふれあいの森。上野大滝線を下り始めてからここまで少々寒いくらい。気温は13° 雲一つ無く栄える山並み。
谷間なので3時過ぎで日が陰る。観光バスが何台か来ていた。
あの細い道でダンプとすれ違うなんて、大型免許と大型二種免許のすごさを知る。
帰路はR140にでてトンエルを山梨方面に抜け、R140旧道の栃本関所側(高い方の道)を通った。ループ橋はあえてパス。ここでも旧道。
その後秩父市街・R299の混雑を避け、浦山ダムから林道広河原逆川線に抜けた。
峠で一休みしたが、日暮れて肌寒い。
有間ダムに着く頃にはすっかり夜の帳が下りていた。
最後は古都に立ち寄り、こないだ食べ損なった牡蠣フライ定食とモツ煮を食べた。念願の巨大牡蠣フライ。ソースじゃなくてマヨネーズが良かったな。
総行程278Km。所要時間10時間。そういえば前日寝ていなかったのであった。26時間ほど起き続けたのでさすがに家に着いたら脱力の嵐。もう若くないな。